妙宣寺の沿革 ―「堀止の妙見さん」

覚王山 妙宣寺は、法華経傳道の古刹です。もとは和歌山県粉河村の地にあり、寛永年間(1624〜1644年)の創立と伝えられています。
寛文七年(1667年)、紀州徳川家初代藩主・徳川頼宣公の病気祈願のため、徳川家の命により、藩主隠居用に建立された紀州陽山御殿へ移転しました。のちに陽山御殿は湊へ移りましたが、お堂はそのまま残されます。それを嘆いた養珠寺六世 称智院日禅上人が、五代藩主・徳川吉宗公より正徳二年(1712年)に一千三百餘坪の土地を拝領し、現在の地に堂宇を建てて再興しました。
正徳二年に建てられた寄せ棟造りの本堂は、修理補強を繰り返しながら、いまに至っています。
妙宣寺は、霊験顕著なる病即消滅の御守護神・魁星妙見(かいせいみょうけん)さまとともに、「堀止の妙見さん」として、人々に信仰されてきました。総本山は、日蓮聖人がひらいた身延山久遠寺(山梨県)です。



